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べにかブログ

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【考察】『キッチン/吉本ばなな』における「台所」とは


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吉本ばななさんの『キッチン』って読んだことありますか?

私はとても好きな作品です。

今回は、吉本ばななさんの『キッチン』における「台所」について私なりに考察をしていきたいと思います。

 

ーあらすじー

私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う――

祖母の死、突然の奇妙な同居、不自然であり、自然な日常を、まっすぐな感覚で受け止め、人が死ぬことそして生きることを、世界が不思議な調和にみちていることを、淋しさと優しさの交錯の中で、あなたに語りかけ、国境も時もこえて読み継がれるロング・ベストセラー、待望の定本決定版。<吉本ばなな>のすべてはここから始まった。「吉本ばなな『キッチン』新潮文庫/裏表紙より引用」

 

 

みかげにとっての「台所」とは

吉本ばなな『キッチン』は、家族の喪失という孤独からの脱却、死から生への回復を扱った小説である。両親を亡くし、唯一の家族であった祖母をも亡くし天涯孤独の身となったみかげの心を支えていたのは「台所」である。『キッチン』は、みかげが「台所」をこの世でいちばん好きな場所として語るところから始まる。

表題でもある「台所(キッチン)」は、作中で度々みかげと共に描かれている。しかし、この世でいちばん好きな場所でありながら、なぜそれほどに好むのかという理由は明記されていない。「台所」にまつわる思い出が語られているわけでもない。みかげにとって、なぜ「台所」がなくてはならない存在なのか、なぜ「台所」がいちばん好きな場所なのか、みかげと「台所」について考察していく。

 

家庭と「台所」―家族と食事―

一般家庭における「台所」は、食事をつくる場所であり、母親が料理をしているというイメージがあるのではないだろうか。また、母親に関わらず、父親や子供といった家族が集う場所とも考えられる。「台所」には、流し台や冷蔵庫といった「食」に関する物が配置されており、「台所」と「食」が結びつく関係といっても過言ではない。『キッチン』には食器や食べ物の名前が具体的に描かれている。家庭で「台所」を利用し、食卓を囲んで食事をするのは、一般的なことである。このように、家庭と「食」は深く関係していることが言えるだろう。

 一般の家庭ならば、家族で食卓を囲み、団らんしながら食事をする。しかし、『キッチン』におけるみかげの家庭に関して、そのような描写は見られない。

「台所」のイメージは、どちらかと言えば明るいイメージを与える。それは、家庭や「食」が「温もり」や「生きる」というイメージを与えるからだと考えられる。だが、一方で孤独の静けさのある暗いイメージがあるように私は感じる。みかげの語る「台所」には、明るいというイメージが得られない。どちらかと言えば暗いイメージを与えているだろう。「台所」がいちばん好きな場所と語りながらも、淋しさや孤独感といった暗いイメージを植え付けている。それは、

 

 私と台所が残る。自分しかいないと思っているよりは、ほんの少しましな思想だと思う。

 本当に疲れ果てた時、私はよくうっとりと思う。いつか死ぬ時がきたら、台所で息絶えたい。ひとり寒いところでも、誰かがいてあたたかいところでも、私はおびえずにちゃんと見つめたい。台所ならいいなと思う。―「本文より引用」―

 

といった表現から読み取れる。みかげの言う「台所」には、みかげが現在生きていながらも、どこか「死」、または死に近づいているような印象を与えている。この本文に関して近藤裕子氏はこのように述べている。

 

 「私」の<生き場所>生きる力と「私」自身とを回復してゆく為の場所であるはずの台所は、「ちゃんと」「息絶え」るための<死に場所>として、まずは思い描かれる。「きちんと死ぬことはきちんと生きることだ」と説明するのは容易だ。だが、それが生ではなく死の側から見つめられているという事実は、「私」が深く死の淵に沈みこんでいることを明かしている。―近藤裕子『臨床文学論』より引用―

 

私は、この近藤裕子氏の意見に同意する。近藤氏の考えを踏まえ、私は「回復してゆく為の場所であるはずの台所」というのは「台所」=「食」=「生」と言えるのではないかと考える。みかげが孤独、死に近づいているところから回復してゆく為には「台所」というみかげにとっての生きる場所が必要だったのである。

「台所」という生きる場所でつくられた料理を食べることにより、みかげは生きていられるのではないだろうか。実際、みかげは料理研究家のアシスタントという「食」に関する職業に就いている。自分のいる場所に「台所」があるということが一番の安心感を与えている。このことからも「台所」と「食」がみかげの「生」を支えていることが言える。

 つまり、「台所」で料理をすること、食べることに「台所」である意味を成しているのではないだろうか。私たちにとっては「台所」は何気ない存在であり、この世でいちばん好きな場所が「台所」であると答える人は数少ないだろう。生きる源である「食」の働きが、みかげにとっては「台所」だと考えられる。

 

「台所」の果たす役割―孤独を守る台所―

 これまで述べてきたように、みかげにとって孤独を守る場所が「台所」でなければならない理由、「台所」にどういった役割があるのかについて考察してきた。「台所」は、みかげにとって「光」であり、生きることを支えるために欠かせない場所である。また、みかげにとって「台所」は、「食」や「生」といった希望を生み出すものである。「台所」という自分の居場所があることによって、みかげは生かされているのである。

 

 

 さいごに

ということで、今回は私ががっつり勉強していた学生の頃に書いた考察を拙い文ではありますが投稿してみました。

『 キッチン』は吉本ばななさんの作品の中で一番認知度が高い作品かと思います。とても好きな作品の一つですので、読んだことない方は是非とも読んでみてはいかがでしょうか。